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人は理解する前に“感じている”―ノーマンのエモーショナルデザインを読み解く

林花音

情動から、プロダクトを考えてみる

みなさんは“情動”について、どれだけ深く考えたことがあるでしょうか?
情動とは、恐怖・怒り・喜び・悲しみといった、比較的急激に起こる一時的な感情の動きのことを指します。

私たちは物事を「理解する」より先に、まず“感じている”

たとえば新しいプロダクトを考えるとき、多くの場合はロジカルに思考を進めることが多いと思います。例えば、誰のどんな役に立つものか?どのような機能が必要か?どんな形状にするか?
…プロダクトのコンセプト設計や、開発の設計書も、こうした問いからスタートすることが多いと思います。

しかし、ユーザー側から見ると順番は逆。
「プロダクトを理解するより先に、何かを感じている」 と思うのです。

ひょっとすると、これはプロダクトに限らない考え方かもしれません。
例えば私自身、パートナーとの関係で「負の感情」と向き合う場面があります(どんな人でもそのような瞬間はあるかと思います)
そんな時、どれだけ論理的な説明や解決策を並べても、まったく腑に落ちない。そんな時に必要なのは、「理解」や「分析」ではなく、ただ「怒り」や「悲しみ」という情動そのものに寄り添うことだったりするのだと。

今日は、そんな“情動”の観点から、ドナルド・ノーマンの著書『エモーショナルデザイン』 を改めて整理してみたいと思います。

これは単なるデザイン論ではなく、「人はなぜ、あるモノを愛おしく感じるのか?」という問いに対する、科学的でありながら、とても人間らしいアプローチです。

ノーマンがたどり着いた「3つのレベル」

認知科学者であり、デザイン研究者でもあるドナルド・ノーマンは、長年にわたって「なぜ日常のモノは使いにくいのか」という問いと向き合ってきた人物です。前著『誰のためのデザイン?』では、主にユーザビリティ、つまり行動レベルにおける使いやすさを中心に論じていました。

しかし研究を重ねる中で、彼はある違和感に突き当たります。機能的には優れているはずなのに、なぜか人に愛されない製品がある。一方で、スペックだけ見れば平凡なのに、なぜか手放したくならない製品も存在する。この差はどこから生まれるのか。その問いが、ノーマンの関心を「情動」へと向かわせました。

ノーマンは、人がモノを体験するプロセスを
本能(Visceral) … 一目惚れのレベル
行動(Behavioral) … 使うことの喜び・効用
内省(Reflective) … 物語・自己イメージ・想い出
という 3つのレベル で捉えています。

この三つは独立した評価軸ではありません。時間の流れの中で折り重なりながら、人がモノをどう感じ、どう記憶し、どんな意味を与えるかを形づくっています。ここからは、この三つのレベルを順に辿っていきます。

これは、人がモノをどう感じ、どう記憶し、どんな意味づけをするか、という観点で「体験」を分解した枠組みです。この三つは独立しているわけではなく、時間の流れの中で折り重なりながら、私たちがモノを「好きになる」プロセスを形づくっています。

ここからは、この3つのレベルを順番に辿ってゆきます。


1)本能(Visceral)レベル

一目惚れの領域

私たちはモノを前にした瞬間、理屈を考えるより先に、色や形、質感、音といった感覚情報に反応しています。

車のドアを閉めたときに響く、鈍く重たい音。ガラスのコップが光を受けてきらめく様子。パッケージを手に取ったときに感じる、ずっしりとした重み。こうした要素は、言葉になる前に「なんだかいい」「好きかもしれない」という判断を生み出します。

初代 iMac のカラフルで透明なボディは、その象徴的な例でしょう。ユーザーはスペックを比較する前に、「かわいい」「触ってみたい」と感じました。フォルクスワーゲンのビートルやアウディ TT なども、見た瞬間の印象だけで人の心を掴み、ブランドの再生にまでつながったプロダクトです。

本能的デザインとは、こうした瞬間的な情動インパクトを意図して設計することだと言えます。素材の手触り、重み、光沢、音。それらを心地よさとして身体に伝える。まだ使ってもいない段階で「いいな」と思わせることができたとき、本能レベルでのエモーショナルデザインは成立しているのです。

2) 行動(Behavioral)レベル

使っていて、気持ちいい

2つ目のエモーショナルデザインは行動レベル、いわゆる「使い勝手」の領域です。これは、使っている最中に感じる「気持ちよさ」や「ストレスのなさ」に関わる領域とも言えるでしょう。

ノーマンは良い行動的デザインの要素として、
・機能(何をしてくれるか)
・分かりやすさ(どう動くかが理解できるか)
・使いやすさ(望んだ結果をスムーズに得られるか)
・物理的な感触(操作していて心地よいか)
の4つを挙げている。

ジャガイモの皮むき器がうまく皮をむけなかったり、時計が正確な時刻を示さなかったりすれば、どれだけ見た目が美しくても意味がありません。まずは、期待される役割をきちんと果たしていること。それが行動レベルの出発点です。

「本当にこれでいいのか?」を教えてくれるのはユーザーの行動

ただし、人が期待する役割(ニーズ)が明確になっているとは限りません。既存の製品カテゴリーであれば、ユーザーの行動を観察することで改善点を見つけることができますが、まだ世の中に存在しないカテゴリーでは、そもそもニーズ自体が言語化されていないことがほとんど。アンケートやインタビューだけでは、本当の行動は見えてきません。人は無意識に行っていることほど、うまく説明できないからです。

個人的には、近年よく耳にする「デザイン思考の限界」という言葉も、手法そのものの問題というより、ユーザーを十分に観察しきれていないことに原因があるように感じています。

鍵を上下逆さに差してしまう、車の鍵を中に置いたままロックしてしまう、電池を逆向きに入れてしまい機器が動かない…こうした出来事は、しばしば「ユーザーのミス」として片付けられますが、見方を変えれば設計側の問題でもあります。
鍵を対称形にしない、鍵を持っていなければロックできない仕組みにする、電池が逆向きに入らない構造にする…そのような工夫は、ユーザーを観察し理解するプロセスを経て、本来デザインで解決できるはずのものなのです。

触れる喜びをどう取り戻すか

もう一つ、ノーマンが強調するのが「触知性」、つまり触れる感覚です。

ハイテク化が進むにつれ、多くの製品は物理的なボタンやつまみを失い、フラットな画面とタップ操作だけで完結するようになりました。それは便利である一方で、手で触り、重さや振動を感じながら操作する喜びを削ぎ落としてもいます。

まな板に包丁が当たる音や、テニスラケットにボールが当たったときの振動。こうした身体感覚のフィードバックは、行動レベルの満足感を大きく引き上げます。ソフトウェアの世界では操作がどうしても抽象的になりがちだからこそ、モーションや微細な振動、音によって身体感覚を呼び戻す工夫が重要になってきます。

行動レベルとは、単にストレスを減らすことではありません。「触っていて気持ちいい」という前向きな感覚を、どれだけ増やせるかの勝負でもあるのです。

具体的なトピックになりますが、例えば、言語学習アプリ「duolingo」は触覚フィードバックが充実しており、学習のプロセスに「触っていて気持ちいい」という前向きな感覚をうまく取り入れている事例だと思います。

3) 内省(Reflective)

物語と誇り

ここでは、そのモノが自分にとってどんな意味を持つのか、どんなストーリーや想い出が重なっているのか、それを持つ自分をどう感じ、どう見せたいのかといった、物語と自己イメージの領域が扱われます。

ノーマンは、「時間が読み取りづらい風変わりな腕時計」を具体例に挙げ、内省レベルのエモーショナルデザインについて説明しています。
このような時計は、行動レベルのエモーショナルデザインは満たせていません。しかし、読み方を一度理解すると、「この時計は、こうやって読むんだよ」と人に説明したくなる。
内省レベルのエモーショナルデザインとは、使いやすさよりも、「ユニークな時計を持っている自分」への誇りや、話題を共有する喜びが価値になっているものを指します。

一方で、実用性を徹底的に追求し、装飾を削ぎ落としたデジタル腕時計もあります。それは行動レベルに優れていると同時に、内省レベルでは「質実剛健な自分像」を表現するアイテムとして機能しています。

スウォッチが教えてくれる「情動の会社」という考え方

ノーマンが紹介する、スイスの腕時計メーカー・スウォッチのエピソードも象徴的です。彼らは自らを「時計メーカーではなく、情動の会社だ」と語りました。時間を測る道具としての時計ではなく、その日の気分や服装に合わせて身につける、情動をまとうファッションへと目的を転換したのです。

この体験からノーマンは、製品の本当の価値は機能の集合ではなく、人の情動的ニーズをどう満たすかにあると考えるようになります。内省レベルは、長期的な体験の記憶と深く結びつき、プロダクト全体の印象を決定づけます。

内省レベルが、全体の印象を決めてしまう

高価な絵画を所有すること、限定モデルのスニーカーを手に入れること、憧れのブランドバッグを持つこと…それらは機能以上に、「自分はこうありたい」というメッセージを語ります。

興味深いのは、企業との関係性もこのレベルで作用する点です。不具合が起きたとしても、真摯な対応を受けた経験が、かえって強い信頼や愛着を生むことがある。内省レベルでの良い記憶が、多少の欠点を上書きしてしまうのです。

情動に加えて、プロダクト成功の鍵となる「美学」

情動が私たちの日常的な意思決定にいかに深く関わっているかが見えてきたかと思います。

神経科学者アントニオ・ダマシオの研究では、情動システムに障害を持つ人が、論理的思考能力に問題がないにもかかわらず、住む場所や食事、プランの選択といった些細な決断ができなくなることが示されています。

つまり、私たちは何かを選ぶとき、すべてを綿密に比較しているわけではありません。「なんとなくこっちが好き」「こっちはしっくりこない」という感覚が、選択肢を一気に絞り込むフィルターとして機能しているのです。

プロダクトやブランド全体を貫く 「美学(Aesthetics)」の重要性

私は、プロダクトやブランドを考えるうえで、全体を貫く「美学」がますます重要になると感じています。

それは、どんな世界観や価値観を大切にしているのか、何を「良いもの」として判断しているのか、という軸のことです。その軸が、UIの細部や言葉選び、サービス体験、さらには組織のふるまいにまで一貫して表れているかどうか。

こうした筋の通った美学こそが、本能・行動・内省という三つのレベルを横断しながら、私たちの「なんとなく好き」「しっくりくる」といった情動の判断を、静かに支えているのではないか。私はそう考えています。

これまでのnote記事でも紹介した、Slack、Notion、Figma といったプロダクトを見ていると、単なる機能や施策以上に、「人との距離感をどう保つか」「どんなムードを纏ったツールでありたいか」という、事業全体を貫く美学による意思決定が垣間見える瞬間があります。

「好き」が生まれる構造を知る

エモーショナルデザインとは、一瞬で「いい」と感じさせる本能レベル、使っていてストレスがなく、むしろ気持ちいい行動レベル、そして長く使うほど誇りや物語が積み重なる内省レベル。この三つのレイヤーから、人がモノを好きになる構造を説明しようとする試みです。

愛されるプロダクトには、機能だけでなく、それを支える哲学と美学、そして情動への細やかな配慮があることがわかります。

最後に

世の中には多くのプロダクトがあり、そのどれもが深く考えられているものばかりです。だからこそ、しっかり必要なユーザーへ届ける必要がありますが、多くの場合ユーザーの”認識”を設計はされていても、”気持ち”まではみれていないことがあります。それでは勿体無いと思うのです。

AIで即座にプロダクトが作られる時代となった今、もしくはこれからはより上記した領域がプロダクトが選ばれる差分となるでしょう。

具体的には感情移入しやすいようなキャラクターを作る、ゲーミフィケーション設計を用いて演出を考えるなどがありますが、どれもプロダクト設計段階で検討しておくと良い効果をもたらします。

Highliteではスタートアップや新規事業ブランディングの際には、依頼事項になかったキャラクターの提案や、ユーザーの継続利用の理由となるようなステップアップゲーミフィケーションなど、これはユーザーに喜んでもらえそう!と思ったものを提案しながらデザインサポートを行います。少しでも気になった方はお問い合わせください。

参考記事・書籍

  • Emotional Design: Why We Love (or Hate) Everyday Things, Don Norman

執筆者情報:Kanon Hayashi

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